このコロナ禍をSurviveする方法

緊急事態宣言下の歌舞伎町

首都圏である1都3県には緊急事態宣言が発令され、
夜20時以降の飲酒を伴う飲食店は営業自粛を余儀なくされました。


協力金が積み増しされたことも手伝って、
協力する飲食店がある一方で、
大手チェーン店などは企業規模(資本金や従業員数)から除外され(支給対象に後に転換)、
2020年の春から続く外食産業におけるブレーキを踏み続けなければならない
市場環境は、大変厳しいものになりました。

誰のせいでもない

もちろん、厳しいのは「飲食店」だけではありません。
そこに納入する卸業者やもとを辿れば1次産業としてたくさんの生鮮品を
生産する農家や漁師がいて、
さらには、食関連作業として携わる
様々な産業や企業が存在しています。

どれもこれも、「誰かのせい」ではなく
コロナのせいです。
(あえて、ここでは政府の政策有無は論じません)

このような苦境が訪れたとき、人はどうしたらよいでしょうか。

A:あきらめる。

B:変化に対応する。

気持ち的には諦めの気持ちが大きいものの
ココロの奥底では「変わらなきゃいけない」と思っている。
そんな人が本当は多いのではないでしょうか。

つらさが全面に出る前に

でも、変われない。簡単には変われない。
変わることで出てくる膨大な作業と手続きで
気が滅入る。借金だってある。
そう、だから前に戻ってくれることが
どれほど楽なのか…。

そういう思いをもっている経営者は
少なくはないはず。

でも、残念ですが、その期待が実現することは
きっとないのです。でも、時は無情に過ぎていく…
それが現実です。

つらいのはわかる。厳しいのもわかる。でも、
ここを乗り越えない限り、未来も将来もない。
そして、今も無いのです。

”再建”こそが事業の根幹

日本には古来から地震が多く発生し、
洪水がやって来ることも多かった。でも、その大半は、
首都以外の話で「他人の世界」だと思っていたのではないですか?

阪神淡路大震災から26年
東日本大震災から10年
熊本地震からは約5年

なんら自己責任のない人たちが、突然の環境変化に襲われ
財も基盤も失って、将来を悲観する現実をいきなり突きつけられて
きたのです。それが日本。

今回は首都「も」そうした災害に見舞われてしまったため、
多くの戸惑いが出ていることでしょう。
それでも、立ちすくむしか無い目の前の事実に、
多くの日本人が「しょうがいない…」と立ち向かってきたのです。

事実は覆せないもの。
不安は捉え方で変えられるもの。
いつまでも、辛いを現実を捉え続けるより、
この事実から飛躍するための進み方を考えることです。

未来より、今が大事。
過去より、今が大事。

変えられる世界で生きていくことこそ、人間は強くなれる。

災害の多い国「日本」

あの、震度7を直撃し、街が大損害を受けた益城町も、
復興が進み、ようやく再建への道筋をつけ、前に進み始めています。
(本件、復興のプロデュースをお手伝いしています)

熊本地震から4年9か月 益城町の賑わい拠点 7月に着工へ
賑わい拠点整備に取り組むのは民間企業の「新時代くまもと」で14日、
益城町で協定式が行われました。益城町惣領の約そ2400平方メートルの敷地に、
22店舗分のコンテナハウスや医療施設などを整備する計画です。

RKK熊本放送 2021年1月15日


私達日本人の歴史は、災害との戦いでもある。
自然の偉大さと脅威に敬意を評しつつ、文明として利用する以上は
どんなことでも逃げずに立ち向かう。

文明社会の人間ができることは、
何度壊れても、壊されても、またつくり、直し、再建していくことです。

2021年が、この文章を読んだ人の勇気と決意の後押しになりますことを、
祈念いたしております。

さあ、ともにこの時代を乗り越えていきましょう。

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