欲望とデジタルの融合マーケティング

チラシマーケティングの終焉

コロナウイルス感染症拡大で、外出自粛要請を迎え、日々の仕事や生活に多大なる影響を与えています。

このような最中、外出できない分、通販サイトは受注が急増し、物流は逼迫し、需給関係のバランスが崩れ、今後の事業継続性が懸念されるような自体になりつつあります。

医療崩壊の前に、物流が逼迫し、万が一にでも”モノ不足”の不安でも発生すれば、店頭に品切れ騒動となり、客足が殺到。3密どころかパニック状態を引き起こしかねないため、物流、卸業の企業を超えた協力によって、なんとか限界を維持し続けているという状況です。

小売業では、「チラシ」を取りやめるところが増えました。前述の通り、「物が届く」という当たり前のことが、当たり前でなくなる恐れがある中、「チラシ」によって入荷を「お客様と約束する」ということができなくなっているからです。

このような自体が続くことによって、「チラシ」自体の存続は危ぶまれることでしょう。企業は存続のために「広告費」と「人材採用費」を真っ先にカットします。「事前」に告知するよりも「店舗」での対応に従事することで精一杯。あわせて、「チラシ」を届ける「新聞」も、消費者からすれば解約の可能性が高い媒介手段。

今回のコロナ渦の中にあって、新聞購読率が更に低下することになれば、配下率の問題で「チラシ」自体が「消費者に届かない」となれば、ますますその存続意義を問われることでしょう。

実際、モバイル端末が個人所有の時代となり、ダイレクトにメールやメッセージが送れる時代に、「チラシ」という紙媒体で有り続ける理由はないのです。

高齢者が好むからと言っても、これから先老眼や年老いていく中で、細かい文字は敬遠されます。あらゆる環境の変化や状況からしても、「チラシマーケティング」は存続させる意義はないのです。

さて、そんな「チラシ」の終焉を迎えた先にある世界は何か。店頭での演出はより重要となってくるでしょう。「自社」のパッケージをキレイにデザインすることよりも、「他社」との比較で映えるパッケージであるか。あるいは、店頭にくる以前の「情報」や「欲情」に、販売促進の軸足は映っていくに違いありません。

大きな困難に立ち向かうことは、強制的に何かを変えるきっかけになる。躊躇していた問題、先送りしていた問題こそ、いま着手すべき課題なのです。

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